フランスの詩人アンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいたとき、いつも通る街角に黒メガネの物乞いがいて、首に下げた札には
私は目が見えません
と書いてありました。彼の前には施し用のアルミのお椀が置いてあるのですが、通行人はみんな素通り、お椀にコインはいつもほとんど入っていません。ある日、ブルトンはその下げ札の言葉を変えてみたらどうか、と話しかけました。物乞いは「旦那のご随意に」。ブルトンは新しい言葉を書きました。
それからというもの、お椀にコインの雨が降りそそぎ、通行人たちは同情の言葉をかけていくようになりました。物乞いにもコインの音や優しい声が聞こえます。数日後、物乞いは「旦那、なんと書いてくださったのですか」。
下げ札にはこう書いてあったそうです。
春はまもなくやってきます。
でも、私はそれを見ることができません。
誰が見てもうらぶれた物乞いです。黒メガネをかけているのだから盲人であることも分かります。「私は目が見えません」は言葉の意味をなしていないのです。
アンドレ・ブルトンの言葉のほうには、訴えるものがあり、憐れみを乞う力があり、人に行動を促す力、もっとえげつなく言えば集金能力がありました。目的はそれだったのです。読んでもらって、施しの気持ちを起こさせ、施しをいただくこと。
目的を果たしてこそ、言葉です。
典型的なメタフィクション的仕掛けには次のようなものがある。
* 小説を書く人物に関する小説。
* 小説を読む人物に関する小説。
* 表題、文章の区切り、プロットといったストーリーの約束事に抵触するストーリー。
* 通常と異なる順序で読むことができる非線形小説。
* ストーリーに注釈を入れつつストーリーを進める叙述的脚注。
* 著者が登場する小説、監督が登場する映画やドラマ。
* ストーリーに対する読者の反応を予想するストーリー。
* ストーリーの登場人物に期待される行動であるが故にその行動をとる登場人物。
* 自分がフィクションの中にいる自覚を表明する登場人物(第四の壁を破る、とも言う)。
* フィクション内フィクション。
341 :名無しは無慈悲な夜の女王 :sage :2009/06/25(木) 22:48:56
「土人いる」はとりみきのネタなんだぜ?
土人は「1、2、3、たくさん」としか数えられないから試験官が潜入する意味ねーっ!
という一発ネタなんだぜ?
343 :名無しは無慈悲な夜の女王 :sage :2009/06/26(金) 01:52:59
»341
1,2,3しか数えられない連中は数える必要がないから数を覚えないだけなんだぜ?
身の回りのものを個体認識する能力が高い連中なんだぜ?
日本人でも早川さんと帆掛さんと富士見さんと国生さんがと岩波さんと紙葉君の六人が歩いていて
この中から早川さんだけいなくなったら、数えなくても一人減ったとわかるんだぜ?
個体認識してるからなんだぜ?
1,2,3までしか数えられないヤノマミ族は、矢などの日用品までいちいち個体認識してるそうだぜ?
だから数を数える必要がないんだぜ?
彼らの生活では巨大数が必要ないんだぜ?
【伝説】
北アフリカ戦での一こま.
ドイツ軍に隣の戦区のイタリア軍から
「水が不足して戦闘不能になりそうだ! 至急水の救援を!」
って要請が来た.
ドイツ軍が急いで水を運んで行ってやったら,イタリア軍は将兵総出でパスタを茹でる準備してて
「よかった,これでパスタが茹でられるよ」
と言って,ドイツ軍を唖然とさせたことがある.
【事実】
う~ん,まあ,話としては面白いのですが,それは都市伝説の一種で,イタリア兵も最前線では食事と言えば缶詰めレーションがほとんどでした.
イタリアはドイツ軍ほどフィールド・キッチンの配備が進んでいなかったので,暖かい食事は兵舎以外はなかった様で,当時の記録を見ても,砂漠の真ん中での食事は,レーションも配備されていましたが補給が滞り,わずかな牛肉缶詰めの配給とビスケットと水だけです.
ただし,将校はこれにあてはまらず,戦線後方の司令部では豪奢な食事をとっていたので,もしかしたらこれがドイツ軍の戦史本などを通して伝わったのかも知れません.
兵と将校の待遇差は英軍以上,ロシア軍以下と言えば判り易いでしょうか.
…だから,パスタを食べれなかった前線の塹壕にいた兵隊達は,戦争をやる気も起きなかったのかも知れませんが(笑
ここの英文サイト
http://17thdivision.tripod.com/charlottesaxisattic/id26.html
にイタリア軍の糧食について,やや詳しく再現写真付きで解説しています.
下の項目をクリックすると兵舎での食事や,部隊,個人糧食についても写真付で解説しているので,ご覧ください.
因に現用イタリア軍では,暖めて食べる缶詰パスタが入ったレーションを個人支給しています.
それから,なんとなく「砂漠でパスタ」を思うと,日本人ならのんびり大鍋でスパゲッティを茹でている図を想像するのではないでしょうか?
実は兵舎や国内の演習場で供される暖かい食事でパスタ料理が出る事がありますが,それはペンネやマッケローニの様な短いパスタをトマトとひき肉ソースで煮込んだ料理がほとんどだった様です.
何故か?
それはちょっと考えてみれば判る話ですが,それは長いスパゲッティと違って,短いパスタなら手早くおタマでよそって飯盒に分配しやすいからです!
また,海軍の話ですが艦内でパスタを茹でる際は,海水を汲んでこれに水を半分加えて湧かし,それでパスタを茹でて水の節水に努めていたとも聞きます.
詳しくは,拙書『イタリア軍入門』(イカロス出版,2006/2)をご覧ください.
吉川和篤 by mail
ちなみに,パウル・カレルの「砂漠のキツネ」にも,
アメリカ軍は戦争の全期間を通じて,兵士にホテル並みの食事を出すことができた.
ドイツ軍も,時に滞ることはあったが,下宿屋の晩餐程度は可能であったが,イタリア軍には何もなかった.
とあります,
その後の記述もイタリア軍はそれでも戦い続け,カメラード(戦友)という言葉の意味をイタリア軍から学ぶドイツ人が多かったとあります.
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