176 名前:仕様書無しさん 投稿日: 02/01/20 16:21
今、メインフレームがなぜ滅びたのか、私よく分るの。
シリコンの谷の歌にあるもの。
“フリーアクセスに根をおろし、大企業とともに生きよう。
バッチ処理とともに夜を越え、COBOL とともに HAL を謳おう。”
どんなに恐ろしいハードを持っても、
たくさんのかわいそうなプログラマをあやつっても、
デファクトスタンダードから離れては生きられないのよ!
(via paintyhands)
L, This is so awesome
ymd:
(via (cloudnine))
Kodak?s First Digital Camera - Retro Thing
1975年にコダックで作られた世界初のディジタルカメラ。カセットテープに録画するという発想は当時としては凄かったんだと思う (今の我々にとっても凄いけど)。
ymd:
(via (cloudnine))
ymd:
(via (cloudnine))
ちょっと先日、たまたま刑事ドラマを見ていて(シリアスな場面で)笑っちゃったんですけど、これってどうなのかなと思いますよね。
「時効」
刑事が時効ギリギリに犯人を捕らえる緊迫したシーンですけど、これが面白いわけです。
そのシーンでは、熱血刑事さんが時効完成5分前に逃亡していた犯人を逮捕して、その犯人が「刑事さんの執念に負けたよ」とかいって観念するわけですよ。そして、余韻を残しつつゆっくりとパトカーへと向かっていくわけですが(テロップなんかも悠々と流れていますが)、でも、実はまだ時効は止まっていませんから。そんなゆっくりしていてはダメでしょ?
ここでの時効は、刑法(Ref.31条、32条)に規定されているものではなくて(ここにある時効は刑の言渡しをうけた場合ね)、刑事訴訟法の第2章「公訴」にある条文によって規定されていますね。
刑事訴訟法第250条(公訴時効期間)
時効は、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
1.死刑に当たる罪については25年
2.無期の懲役又は禁錮に当たる罪については15年
3.長期15年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については10年
4.長期15年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については7年
5.長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については5年
6.長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については3年
7.拘留又は科料に当たる罪については1年
つまり、警察官が犯人を逮捕して、そして、その身柄を検察官に送致して、検察官が裁判を起こす(公訴)ことができる期間がここでいう「時効(公訴時効期間)」なわけです。
もっと簡単に言えば、刑事裁判に訴えること(起訴)ができる期間が「時効」期間なわけで、逮捕するまでではないんですね。
だから、逮捕しただけではまだ終わっていないのです。あのドラマでいうと、その残り5分で検察官に連絡して、残り5分で検察官が起訴状を書いて、それを裁判所に持っていって、起訴してはじめて時効が止まることになるわけです。
その意味では、本当はあのシーンみたいにちんたら刑事さんが余韻に浸っている場合ではないわけです。そんなことをしていないで、早く検察官に連絡しないと。
まあ、残り5分で起訴ってできるのかなという疑問はありますけど、刑事ドラマにでてくるような敏腕検事さんならできる(?)んでしょうかね。
ていうか、さすがに残り5分は無理じゃない?(物理的な意味で)
どうみても時効完成です、本当にありがとうございました。
爆弾のタイムリミットじゃないんだから。
「ギリギリにすればよりエキサイティング!」てな感じにしたいのでしょうけど、それはどうみてもやり過ぎです。
僕が不快に思うのは(めったにないけれど)、たとえば人と喋っていて、あー、この人はかっこつけているな、見栄を張っているな、自惚れているな、はったりだな、劣等感の裏返しだなと感じた時だ。哀れだ。どうしてそう思えるかというと、自分の中にもそういう部分があるからだ。
僕が感動するのは、なんてこの人は正直なんだろう、なんて素直なんだろうと思った時だ。たったそれだけのことだ。もちろん、正直になったからといって思い通りになれるわけではないけれど。愛とか優しさが溢れていても、心の奥底には嫉妬や虚栄心や自尊心があるから、醜かったり、恥ずかしかったり、笑われたりするだろう。しかし、それらを包み隠さず語ることができたら、いや語らずとも、淋しさや弱さに耐えて生きていけたら、これぞ音楽だと思う。
”彼(佐藤雅彦)は社内の資料室へ通い、
世界中のCMに目を通して、
その中から自分が面白いと思うものを
ビデオテープにまとめはじめる。
じきに、自分が魅力を感じたCMには、
共通するいくつかの規則(ルール)が
あると気づくようになった。
この作業は三ヶ月ほどつづけられて、
結果として佐藤氏は、面白くて印象に残るCMに
共通する二三種類のルールをまとめるに至ったという。
その後のヒットCMのほとんどすべてが、
この時にまとめたルールからつくり出されたものだと語る。
『自分の仕事をつくる』(西村佳哲)
”(maynard by Robert Brafford)


ymd:
綾瀬はるか / Haruka Ayase


ymd:
綾瀬はるか / Haruka Ayase
(via vetlife2005)
Lone Kitten (via Robin MacBlane)
eri_kamei_03 (via Helenhsien)
PS March 2009
宮崎あおい
nob:
Kitten paws (via Boered)
nob:
What’s Baloo hiding from? (via Boered)
いつからか、私はエントリーのテーマを選ぶ際に、読者の物議をかもさないような、差しさわりがないものを選ぶようになっていた。それは「当該テーマについては自分が他の人よりも詳しい」と考えるものか、きわめて個人的・日常的な話題に限られていた。「自分がその話題を語る資格があるか否か」を考えるあまり、自分が本当に疑問を持っているテーマをあえて取りあげ、ネットを通じてより知識を深めるといった態度は、ほとんど取っていなかった。
結局、ブログでは一方的にメッセージを発信するだけであり、積極的に対話を求める読者からのコメントには表敬的なお返事をするにとどめていた。これでは、前時代的な紙媒体の「ニュースレター」の域を超えていないのではないか。
そんな私も、ブログをきっかけとして時折起こる、いくつもの「奇跡」を体験していたはずだ。ブログなくして、自分の意見を不特定多数の人に聞いてもらい、あたらしい友人たちと出会い、書籍を出版して意見をより広く世に問うことはできなかった。それなのに、なぜブログやウェブの本当の力を、信じることができないのか?
”■女性番記者がバレンタインデーに首相にチョコを贈るのは官邸記者クラブの伝統という。しかし今年はバレンタインデー当日が週末なので、首相にチョコを贈る、贈らないで、女性番記者たちの間でまえまえから話がでていた。ある女性番記者は、首相にチョコを贈るのは抵抗があるという。「番記者と首相の関係は緊張感が必要。チョコをプレゼントするような甘い関係でよいのか」。若い記者の中には、政治部にいながらも、こういう潔癖さやきまじめさが滲む人もいる。
■だが某社のある男性記者はいう。「うちの女性記者の中にはバレンタインデーにリヤカー一杯のチョコ(誇張表現)をもってきて、担当の政治家や官僚に電話をかけて、〝今からチョコもっていきます〟とねこなで声をだしている。ポイントは同じチョコを買わないこと。同じ包みのチョコだと、ばらまいたことが相手にきづかれる」。ちょっと嫌味な口ぶりからして、男性記者としては、バレンタインデーを武器にできる女性記者がややねたましいようである。でも、女に生まれたからにゃ、その特性をフルに生かして仕事するのがかしこいのは当然。男性記者だって女性議員や女性大臣にチョコあげればいいじゃないか、と言われるだろう。
■政治部の番記者は女性が結構多い。しかも美形率も高い。政治部というのはもともと男性社会的な色合いが強いのに、この女性記者の多さは、やはり、保守的なおっさんの政治部長あたりが、美人で若い女性記者の方が「大物政治家からかわいがってもらえる」と思って配属するのではないか、と思う。
■で、実際のところ女性記者の方が政治家と特に親密になれるかというと、私のみるかぎり、女性であろうが男性であろうが、「政治家にやたらかわいがられる記者」というのは存在するが、その第一の決め手は性別ではないと思う。もちろん、美人記者は政治家にも官僚にももてるだろうが、男だって男にもてる人は多いのである。それもハンサムとは限らない。
■政治家にかぎらず権力者に気に入られる決め手は、おそらく「かわいげ」と総称される魅力であって、それはなんとなく手なづけられそうなスキもあるけど、でもバカではなくて、見込みがある(利用価値がありそう)などと評される人物。自然なムードで相手をうれしがらせるお世辞がいえたり、容姿が好ましいければなおよし、性別が違えば、そこはかとなく下心も滲むこともある。
■おそらく政治部記者が最も求められる資質は、この「かわいげ」であって、政治部とはかわいげのある記者がネタをとれる世界である。いや、ネタをもらえる、というべきか。「あの記者は某大物政治家からえらくかわいがられている」などという、やや嫉妬のまじった表現を耳にすることがあるが、政治家と政治部記者の関係とは、そういう上下関係が基本であり、新人記者の頃に教えこまれた「記者はどんな権力者とも対等に向き合い、取材する権利がある」といった建前を信じ込んで、かわいがられる関係に抵抗を感じる者は、けっこう居心地がわるいだろうと推察する。
”

ymd:
綾瀬はるか / Haruka Ayase
98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/19(木) 21:05:26.33 ID:vEvIYah+0
KYってkill youの略なの?
104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/19(木) 21:06:33.74 ID:XGGcMLprP
»98
どんだけ殺伐としてんだよwwww
ymd:
Bird Sanctuary (via liebemarlene)
ymd:
(via (cloudnine))
ymd:
(via (cloudnine))
妻が死んだ。いつも元気な女性だった。僕と娘がいたずらしてはよく怒られていた。いたずらが過ぎて正座の刑になった時は肝が冷えた。初めは足が痛いと泣いていた娘も、たくましくなった。つい、この間の正座の刑の時など、ずっと俯いているので体調が悪いのかと見てみると、すーすーと眠っていた。大したやつだった。妻に教えてやると妻も一緒に笑った。妻は娘を抱えて部屋へと連れて行った。やれやれ。苦笑まじりに立ち上がろうとする僕に、振り返った妻は笑顔のままで言った。この子の分もあなたがやっておいてね。おかげで風邪を引いた。
そんな妻が死んだ。「ママー、ママー」 娘は妻の体を揺すっている。「ねえ、ママおきないよ?」
「ママはね、死んじゃったんだ」 「しぬ?」 「そう、死ぬ。死んだらもう起きないんだよ」 「うそだー」 「本当だよ。だからママはもういないんだ」 「うそだよ。だってママここにいるよ?」 妻を指さす娘につられて僕も妻を見る。確かにいる。とても死んでいるとは信じられないくらい綺麗で、今にも目を覚ましそうだった。でも彼女は死んでいる。脈もないし心臓ももう動かない。笑ったり泣いたり、僕たちを怒ってくれることも、もうないのだ。涙が出そうになった。「パパ?」娘は不安そうに見上げていた。
「ねえ」 僕は言った。「ママにいたずらしちゃおうか」
「うん!」 娘は嬉しそうに頷いた。まずは鼻先を上に押し上げて豚鼻にした。「ブタさんだブタさんだー!」 娘はけらけら笑っている。手を持ってきて鼻の穴に入れる。「あはは、はなくそほじっちゃいけないんだ!」 ほっぺたをぐにぐにと動かす。「へんなかおー!」 両手で円を描くようにして頭の上に持ってくる。「おさるさんだ」 耳を引っ張ってやる。 「うっきー……」 指をピースの形にして顔の前で前後させる。 「カニさんだ…………」 次は髪を、と手を伸ばした僕に娘は言った。「もういいよ、パパ」 娘は俯いていた。「ママはしんじゃったんだね」
その後は二人で妻の体を元の位置に戻し、髪を整え、綺麗にした。妻とは思えないくらいに綺麗だった。「ばいばい、ママ」
手を繋いで帰った。娘はずっと俯いていたので、どんな顔をしているのかわからなかった。ただ僕の手を握る力は強かった。僕も強く握りかえした。大したやつだ。
”synr:
Bird Sanctuary (via liebemarlene)
G:以前に「お金があれば何でも買える」というようなことを言ったらすごい非難されたことがあったわけですが、そのあたりはどうですか?
H:あれはね、ちょっと、言葉が間違いなく誤解されてますよ。
G:と、言うと?
H:あれで僕は何を言いたかったかというと、「お金は重要じゃない」っていうような道徳観がまずある、と。それを前提とした上で「お金は重要ではない」ということを教育で教えるがゆえに、お金に困って、色々トラブルを引き起こすケースが多い。だから、もっとお金の大事さを知った方がいいよっていう僕のメッセージなんですよね、あれは。
G:なるほどなるほど。
H:偉そうな言い方ですけどね……。
G:まあそれを端的に言うとああいう風になるのに、何か曲解されている、と。
H:あれはだから、編集者が要はああいう風に要約をしたんだけれど、そのキャッチーなコピーを考えるっていう上で編集者がああいうものを作ったんだけれども、本の中に書いてある内容を見ると、そういう事が書いてあるんですよ。つまり、お金っていうのは非常に大事なものだし、お金がないことでトラブルが起きるくらいだったらあった方がいい。もう一つ言いたかったのは、「お金で買えない価値」っていうのは、何かこう一見すると何か美しいモノのように見えるのですけれども、それはまやかしで、実はそれは既得権者が、既得権を維持するために使ってるまやかしの言葉にすぎないんだよってことをわかって欲しかったってことなんですよ。
G:というと?
H:たとえばステータスであったりとか特権であったりっていうものは、たとえば人的なつながりとか、血縁的なつながりがないと継承できないものだったりするわけじゃないですか。それは差別につながるんですよね。黒人に生まれたからどーのとか、白人に生まれたからどーのとかね、そういうものにすごくつながってくる話だから。でもお金ってのは色がないから。フェアなんですよね、みんなが平等に競争ができるんですよ、実は。それはすごくフェアでいい物だから、これから新しく若い人間が何かを始めようとする場合には非常に使えるツールなんだよっていうのをわかってて欲しいなっていう。「お金で買えない価値」とかいう変なまやかし的な言葉に踊らされることなく、稼ぐときは稼いでおくべきだ、と。で、稼いだお金というのはやっぱり力になるから。それは差別とかを跳ね返してくれるから。僕なんかはやっぱり一人で会社を作って、若いときにやり始めた時にも、やっぱりそれは役に立ちましたからね。やっぱり社会的評価につながるし仕事もやっぱり上手くいきだすし……って、思ったんですけど、あんまりそういう風には捉えられないっていうか、揚げ足取りに使われることが多いですよね……。
”

(via fukachu)
もう1つの奇策は、現在無料放送にかかっているダビング10などのコピーコントロールを全部やめることだ。これは補償金とDRMのバランスで常に議論になるところだが、テレビ番組の利用にブレーキをかけているのは、DRMのほうである。もはやテレビ放送は、視聴率のような番組単位での測定は意味を持たず、他のメディアと比較してどれぐらい利用したかという「接触率」のほうを重視すべきだ。もともと小さいパイを分け合ったとて、小さいままである。それよりもパイそのものを大きくする方法を考えないと意味がない。
これをやれば、まず家電業界が復活できる。権利者団体には多額の補償金が転がり込み、放送局は広告出稿が戻る。プラスの循環に戻すには、架空の権利侵害数に怯えて、露出を制限しないことが重要である。これらは単にテレビ産業に関係する事業者だけの問題ではなく、国全体の経済復興策として検討すべき課題ではないかと思う。
”nob:
(via jeremiahchoi)


a 1960 aermacchi chimera 250
basically the most amazing motorcycle ever


I think there’s some of these in that Jamie Vex’d mix.
WAR TUBAS.
Window cats! (via Eva Funderburgh)
| piyo: | 「頭いい振り」や「物分かりいい振り」「優しい振り」。全部見破られてるよ。騙せてるのは自分ひとりだよ。 [http://wassr.jp/user/piyo/statuses/4YLyRdhK6A] |
| piyo: | ということに気づくために20代の10年間はある。のだから10代の青少年にそれがわからなくても仕方はない。 [http://wassr.jp/user/piyo/statuses/Qzuf2B3Zcn] |
| namezoo: | 20代のお酒はその為にあるんですよねー [http://wassr.jp/user/namezoo/statuses/sSkqoqBS6X] |
| piyo: | 20代の友人もそのために。一銭も儲からないのに悪いとこ指摘してくれるひとなんてなかなかいません。[http://wassr.jp/user/piyo/statuses/es7lcUgnqS] |
| 770: | 次の10年は、それを如何にしてバレないようにするかを模索する期間である。 [http://wassr.jp/user/770/statuses/ZeT9wnwyz8] |
| jinon: | 俺のことかと思ってどっきりしたのは秘密。 [http://wassr.jp/user/jinon/statuses/E99mPkL9ES] |
| jinon: | あ、内緒、の方が良かったな… [http://wassr.jp/user/jinon/statuses/d1SvLR3olI] |
| tomoattori: | ぎくぎくっ [http://wassr.jp/user/tomoattori/statuses/vQyXeYtkkk] |
| piyo: | 俺も自分のこととして書いたのでおあいこ。 [http://wassr.jp/user/piyo/statuses/rYS6MEX8jd] |
| akira710: | みんなどっきりしてると思う。自分も。 [http://wassr.jp/user/akira710/statuses/QSBQ3j3L2A] |
| kossie: | これはぎくっとせざるを得ない。 [http://wassr.jp/user/kossie/statuses/mrvT3pgLUy] |
| silvers: | なんてこった。見破られていたらしい。 [http://wassr.jp/user/silvers/statuses/BP1sbO4lVw] |
| aoihato: | この名言に購読を押さずにいられない! [http://wassr.jp/user/aoihato/statuses/ZY3FV3JMt1] |
| sisya: | 優しい振りしてるのが耐えられなくてばらしちゃいます。 [http://wassr.jp/user/sisya/statuses/gZDFehUJX0] |


nob:
(via miezekatzen)


nob:
(via miezekatzen)
cheppalleee:crazybeautiful:kari-shma: Walk the line by *PhilipMatthews
実は日本で「写真」という言葉が使われたのは、今から230年前(ダゲレオタイプが発明される75年前)、中国では1250年前からなのだが・・・・・・・
その前に。
■ 「写真」とは「真を写す」???
写真、つまり「写」と「真」の語源を考えてみよう。
(角川漢和中辞典に拠る)
写→寫
旧字体の☆(註:「寫」のうかんむりのない字)が音を表し、卸(シャ)からきている。物を選んできて、家の中に移し、卸すことが原義。ひいて、ものをうつしとる意となった。
真→眞
この字をさかさにすると人がたつ形となり、眞は人がさかさになっている形である。顛倒の意。まことに意に用いるのは信の借用。
と言うわけで「写真」は物を運んで来て家の中に移し、さかさまに卸すことになり「真を写す」という意味は無い。
ここで「カメラオブスキュラ」(Camera Obscura ラテン語)の登場となる。
Camera・・・小さい部屋
Obscura・・・暗い
つまり暗くて小さい部屋の意(イラスト参照)。遠くの風景がピンホールを通って暗い部屋にさかさまに投影される。まさに漢字の語源「写真」そのもの。ただしこの漢字が出来た頃、カメラオブスキュラは存在していない。
”xtc:
(via Masahiro Makino)


ae35:
via 画像掲示板ハリコの虎
私が納棺の仕事をし始めた昭和40年代は今日と違って社会の目は冷たく惨憺たるものであった。叔父に「親族の恥」と罵倒された日の日記にこんなことを書いている
「職業に貴賎はない。いくらそう思っても、死そのものをタブー視する現実がある限り、納棺夫や火葬夫は無残である。昔、河原乞食と蔑(さげす)まれていた芸能の世界が、今では花形になっている。士農工商といわれていた商が、政治をも操る経済界となっている。そんなに向上しなくても、せめて社会から白い目で見られない程度の職業に出来ないものだろうか」
私 が過去に抱いていた忸怩たる思いを映画「おくりびと」が見事に解消してくれたように思う。このことは葬祭業に従事するものにとっては大きな力となり、業界の向上にもつながることだろう。
しかし今日の葬式現場の実態は、特に都会などでは、納棺も映画のように親族に囲まれてなされておらず、親族が立ち会わないまま病院の霊安室などで納棺されたお棺が直接葬式会場へ運ばれている。また死者と語り合う時と場であったはずの通夜も告別式へと様変わりしている。
こうした現状を葬式の九割近くを仏教葬で行っている仏教界はどのように思っているのだろうか。映画「おくりびと」の送り先が違うとか、ほんとうのおくりびとは葬式の導師である僧侶の役目であるとか云う前に、死者と語り合う場の大切さを説くべきではないだろうか。
人と人の絆、家族の絆、死者と生者とのつながり、そんなあたり前のことを忘れかけていた現代人に何が大事か気づかせてくれた映画でもあった。
この映画が誕生するまで紆余曲折があったことを私は知っている。そんな過程で、映画化を発案した本木君をして諦めさせなかったのは、15年前インドで「ここでは生と死があたり前のようにつながっている !」と実感した体験、即ち<蛆の光>に感応した記憶が根底にあったからだと私は思っている。生死一如の眼にしか蛆は光って見えないのである。
そんな本木雅弘君に敬意を表し、心から喝采を送りたい。
おくりびと
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「おくりびと」と「納棺夫日記」に関しては、いろんな人が、いろいろ憶測して、いろんなことを
言っておられるのがおもしろい。<参照>「おくりびと」と「納棺夫日記」
過失に見せかけ機械を破壊する、仕事を停滞させるなどして経営者に対し損害を与える事で事態の解決を促進しようとする労働争議の一種であるフランス語:サボタージュ(sabotage)の日本語の略語「サボ」にラ行五段活用を付して動詞とした造語である。類似の造語に「ダブる」がある。
(中略)
日本では大正時代に既にサボるという言葉が使われていた。怠業などによる労働争議は大正時代を象徴する出来事だったのである。サボタージュという言葉が日本で怠業の意味として流行し始めたのは、1920年(大正9年)に村嶋歸之により書かれた『サボタージユ—川崎造船所怠業の真相』によったとする説がある。
1970年代から1990年代にかけては、学生を中心として、サボるの代わりに「ふける」という言葉がよく使われていた。もともと「ふける」は「逃げる」という意味の言葉であったが、授業などから逃げることから転じてサボると同義の言葉として用いられた。
”

(via thejewishmadonna)
人と人とのコミュニケーションを助けるツールとして、重要なサービスへと成長したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)。これがなかったら出会うことが出来なかった友だちや、再会することはなかったであろう古い知人などと“繋がった”経験を持つユーザーは多いかもしれません。
しかし便利な反面、SNSが生んだ弊害も存在します。中傷被害やオンライン上のストーカー行為の報告が増え、2006年には米国で、「架空上の少年」からMySpace上でひどいイジメを受け、そのショックで13歳の少女自殺してしまったという事件もありました。
SNSの大きな問題のひとつは「プライバシー」。不特定多数の人々が自分のユーザー・ページを自由に覗けることもあるのですから、そこに何を掲載するかについては注意が必要です。とりあえず、ネガティブなメッセージはさけた方が無難。
英国はエセックスに住むキンバリー・スワンさん16歳も、SNSのFaceBookで心ないコメントをしたがために、仕事を失うことになってしまいました。ある中小企業で事務の仕事を始めた彼女ですが、書類をファイルしたり、コピーを取ったり……という初日の雑用に対して自身のページで、
「最高に退屈だわっ!」
と、コメントを残したのです。コレが上司に見つかってしまい、3週間後、仕事中に呼び出されると、
「会社のイメージを崩されるような宣伝はしてほしくないし、ニュースにもされたくない」
との理由で、解雇されてしまったそう。
「私は仕事先の企業名も、上司や同僚の名指しもしなかったのに……。そりゃ事務の仕事は最初は退屈だけど、これから面白くなると思っていたのよ」
というキンバリーさんですが、会社側は、
「雇用の規定にのっとり、解雇しただけ」
と冷たい態度。しかし今回「FaceBookのひとことで解雇されてしまった女性」と、キンバリーさんが英メディアでニュースになってしまったため、会社側は一番恐れていた「イメージの悪化」を招いてしまう結果となりました。
”nob:
“Don’t talk to me about rules, dear. Wherever I stay I make the goddam rules.” - Maria Callas
土木関係の会社には危ない話がゴロゴロ。
触っちゃならない石を動かしたおかげで、担当技師が3人連続倒れたとか。
工事の成工写真を撮ったら、ボード(何年何月何日○○工事とか書いてある)
を持ってる人の顔が半分写ってなかった、とか。
そのたんびに役員がパニクってお祓いにいく。
こんな経験をしょっちゅうしてるから、トンネルに女を入れない、とか拘る
んだよね。普通の人には分からないだろうけどw
”普通に出オチ。
一昔前なら広末涼子とか田中麗奈とか、同性からはアレ(→広末はもう前世で相当功徳を積んだんだよ…… - too sweet to eat)でも、ある種の処女性という幻想によるアニマ像を投影し時代のイコンになっていたんですが、徐々に求められるアニマ像というものが、男性が求める女性性であるだけでなく女性が求める女性性の投影である必要が出てきて、そうなるとより透明性という形のない何かが求められるようになったんじゃないかなーと思う。
そういう中で2000年ごろに出てきたクラムボンというバンドは、時代の要請に答えていたんじゃないかな。くるりとかサニーデイ・サービスとかでも良いんだけど、やっぱりクラムボンじゃないかなという。ボーカルの原田郁子って当時若い子たちの間で、そういう身近な”透明感”のアイコンじゃなかった?
best
best
クラムボン,原田郁子,ミト,伊藤大助,亀田誠治
そんなこんなで2000年前後から特にメインストリームになりはじめたのが”透明感”という存在感で、男性が求める女性性とあわせて、女性が求める女性性をも受け入れることができるアイコンを求めていて、それが臨海点に達した頃に見出されたのが蒼井優と宮崎あおいなんじゃないのかなーと考えているんだけど。
そういう性を超えたアニマ像の投影としての存在が、先駆けとしてまず本上まなみがいて、麻生久美子が出てきて、柴咲コウが出てきて、真打として宮崎あおい&蒼井優が登場したって感じ。広末涼子はそれを掴んで上手く路線変更に成功し、逆に田中麗奈はその路線変更に上手く行ってないっぽい。とか思うんだけどどうですかねー。
思ったことを書いてみたら普通に陳腐な内容になったでござる。なエントリーだな(笑)
”